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織田軍団
- 2005/10/15(Sat) -
なんか更新滞ってましたね。ごめんなさい。
んで、前までは色んな歌詞からタイトルを引っ張ってきてたんたけど、
さすがに面倒くさくなってきたのでやめにしようと思います(ぁ

最近、「信長の家臣団」という中々面白い本を読んだ。
と言っても俺が買った訳じゃなくて、
多分親父が買ってきてテーブルの上に置いてあったのを
勝手にかっぱらって読んだ訳なんだが(ぁ

んで、どういう本かと言うと、
信長ではなくて、彼に仕えた家臣達をピックアップし、
組織とはどうあるべきか? その組織を率いるリーダーとはどうあるべきか?
そして次代を担う後継者の育成とは?
という問題に迫った内容となっている。

その内訳は、信長の嫡子・信忠に秀吉や前田利家と言った超メジャー級の武将から、
菅屋長頼などのあまり目立たない官吏タイプの人物、
果ては荒木村重や明智光秀の様に反旗を翻した者達まで様々だ。

特に俺が興味を惹かれたのは、織田家の監察役とも言うべきポストにあった
菅屋長頼に関する記述だった。
監察役という嫌われる部署が正常に機能するためには、
トップと監察役の強い信頼関係が不可欠であるのだと、
筆者の樋口氏は言う。
実際、前田利家と柴田勝家が雑談していた時に、
長頼に対する悪口で盛り上がった、なんて記録もあるらしい。
こうして見ると、戦国武将と言っても俺達と変わらない人間だったんだなと思えるねwwww

でもまぁ、確かに誰だってジロジロと監察されるのは嫌だからな。
俺だって真面目に働いていてもそんな風にされたら、
きっとあまりいい思いはしないに違いない。
そういう意味で、この仕事をやり遂げた長頼という人物は凄いと思うよ。
そして、勿論彼を信頼してバックアップした信長もな。

他にも、織田家譜代であり信長のお気に入りでもあった丹羽長秀は、
軍事・行政と様々な方面で手腕を発揮したが、
次第に他の家臣たちに追い抜かれていく。
それは何故かと言えば、確かに長秀は有能な人物ではあったが、
同時に器用貧乏な所もあったらしく、大きなグループを取りまとめるには向かないと判断されたらしい。
つまり、信長は例えお気に入りであったとしても、
組織に情を持ち込む様な人物ではなかった、という事だ。

うっかり、「お前俺と気が合うからこのポストな」なんてやられた日にはたまんないし、
つーかそんな事やってたら一気に組織の腐敗が進むよな。
気が置けない奴ではあるけど、この仕事には向かないからこっちの役職に…と言える事が重要なのだ。

まぁ、これ特に日本型組織に多いんだよね。
昔から日本って「和」を極端に重んじる風潮かあるしな。
「和をもって貴しとなせ」とかの方も言ってらっしゃるくらいだしね。
まぁそれ自体はよい事だし、誇るべき日本人の美徳でもあると思うんだけど、
あまり極端すぎると発展を妨げる弊害にしかならんわな。
要は中庸が大事って事さね。


これは、今も数々の省庁や企業で腐敗や業績の不振が続く現代において、
我々にどの様に組織を維持していくべきか、という問題を突きつけているように思う。

尾張から起こった新興企業"織田商事"が急成長する過程で、
その社長たる信長はどの様な戦略を打ち出し、
どの様な基準で適所に適材たる人物を配置していったのか。
それは現代に生きる我々にどんな教訓を残しているのか。

歴史ファンだけではなく、現代を生きる全ての人に勧めたい必読の書です。
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